科学捜査について彼はよく知らない。だが芝生を分析すれば、それがどんな種類でどんな環境で育てられていたのかぐらいはわかりそうに思えた。そうなれば警察は、近所の家の芝生を徹底的に調べるだろう。
 昭夫は必死になって手で芝生を払い落とした。スカートやついていた。だが払い落とすうちに気がついた。彼女の身体から落としても意味はないのだ。この現場から回収しなければならない。
 絶望感に襲われながら、彼は払った芝を拾い始めた。拾ったものは便器に捨てていった。少女の髪の中も探った。もはや怖がってなどいられなかった。
 最後に、芝だらけになった便器に水を流そうとした。ところがレバーを下げても水が出ない。彼は必死になってレバーを動かし続けた。しかしやはり出ない。
 個室から出て、手洗い場の水道を捻ってみた。細い水が出てきた。彼は手袋を外し、両手でそれを受けた。ある程度貯まると、そっと個室に移動し、便器に流した。だがそんな少量では、芝は流れてくれなかった。
 両手を器代わりにして、何度も往復した。俺は一体何をしているんだろうと思った。誰かが見ていたら、間違いなく警察に通報するに違いなかった。しかしそれを怯える余裕さえも昭夫はなくしていた。もうどうとでもなれという捨て鉢な気分が、彼の行動を大胆なものにしていた。
 何とか芝を流し終えると、昭夫は空の段ボール箱を持って外に出た。自転車のところまで戻り、段ボール箱を畳んだ。そのまま捨てていきたかったが、この箱もまた重大な証拠になってしまうおそれがあった。片手で抱えられるほどに小さく折り曲げると、自転車にまたがった。
 だがペダルをこごうと足に力をこめた時、ふと思いついて地面に目を落とした。ぬかるんだ地面に、うっすらとタイヤの跡がついていた。
 危ないところだった──彼は自転車から降り、靴底でタイヤの跡を消した。無論、足跡が残らないように用心もした。それから自転車を持ち上げ、跡が残りそうもない場所まで運んでから再びまたがった。
 ペダルをこぎ始めた時には全身が汗びっしょりになっていた。背中などは濡れたシャツがはりついて冷たいほどだ。額から流れる汗が目に入り、昭夫はあまりの痛さに顔をしかめた。