マンションが建ってからずっと管理人をしてくれていた方(年配の女性)が、先日辞められた。とても勤勉で感じのいい方だったので、いきなり「明日辞める」と知った時には少なからずショックだった。ただ、今年始めに数週間休んでいたこともあったし、この一ヶ月も休みがちだったから、何か事情があるのだろうとは思っていた。たとえばご自身やご家族の病気など。

 住民の中には管理人さんと親しく立ち話をしている人もいて、そういう人たちなら知っていたのかもしれないけれど、わたしはほとんど個人的な話はしなかったので、立ち入ったことは何も訊かないままだった。

 今日でおしまいという日、受付前を通りかかると管理人さんが挨拶に出てきてくださった。わたしもお礼を言うことができて、互いにどうかお元気でと言って話が終わりかけた時、「ギターはまだ続けているんですか?」と訊かれた。普段は教室の楽器を借りるので自分のは持ち歩かないのだけど、以前に何かでたまたまギターを背負っていた時に管理人さんにお会いしたことがあったのだ。それで覚えていてくれたんだろう。続けていると答えると、「わたしも何かしようと思ってるんですよ、ピアノとか」と鍵盤を弾く仕草をした。
 
 時間ができたらどうしようって思ってるんです。それでちょっとピアノをいじったりしてみたんですけど、なんかもう指が動かなくなっていてびっくり。だからこれから少しずつ練習しようかなって。ああ、でも、しばらくはだらーっとして、のんびりするかな、でもゴロゴロしていたらますます太っちゃうわね。

 そんなことを言って楽しそうに笑う。仕事を辞めてせいせいして、いかにも明日からの暇な日々が楽しみでたまらないといった風だった。なんだ、深刻な理由じゃなかったんだ。単に定年なのかもしれない。勝手に余計な心配してたんだなと思って、笑いながら別れて、エレベーターに乗って、部屋に戻りながらふっと、じゃあ、なんで急に辞めるんだろう、なんでちゃんと引き継がれずに、明日からは臨時の人が来るんだろうとまた、疑問が湧いてくる。

 でも、想像は想像なんだよね。「最初から最後まで楽しそうに話していた」というのが事実。
 だから、今日あたりのんび りくつろぐのにも飽きて、ピアノに向かっているかもしれないし、もしかしたらもっと他の習い事を思いついたかもしれない。忙しく働いていた時にはできなかったことをして毎日楽しく暮らしている。
 
 そういうふうに思い浮かべるのが、きっと正しい。